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「スカイローズ・トランスレート!」
凛とした声が闇を切り裂く。
「青い薔薇は秘密の印! ミルキーローズ!」
空から降りてきた彼女は「お待たせ、プリキュア!」と叫ぶ……が、そこには
プリキュアも敵も誰も居ない。
「あら?」
あちこち見回すが、いないものはいない。彼女が現在いるのは舞たちの家の近く、
薫のいる洞窟の近くだ。
――場所間違えたかしら……
とにかく飛び込んできただけだから、とミルキーローズは思う。どうしようか、と思案し
洞窟の中から何かの気配が漂ってくるのを見るとすぐにそちらに向った。
ミルキーローズの辿るのは、かつて舞たちも辿った道。ぼんやりとした黄色い光が
その道を照らし出している。
「薫……っ!」
彼女の声に薫は薄く目を開けた。ポーズは舞たちが会った時と同じだが、少しやつれていた。
「ローズ」
薫は自分の名を呼ばれてほっとした表情を浮かべる。ローズは薫の姿を見て眉を顰めた。
「こんな風になるの」
「ええ。これが私たちの選んだ道だから」
ローズは眉間に皺を寄せる。薫は「あなたが来たということは、プリキュアが
目覚めてきているということかしら?」と尋ねた。
「ええ、その筈よ。間違ったところに降りちゃったみたいだけど。これから探すわ。すぐに薫を……」
だが、ローズの言葉を聞いて薫は「まだ早すぎるかもしれないわ」と答えた。
「どういうこと? プリキュアの力が覚醒したなら……」
「以前、舞と会ったの。かれんさん、こまちさんとも」
「ええ、それで?」
「舞は咲のことや私のこと……覚えていなかったわ。かれんさんやこまちさんも、
 のぞみ達のことを覚えていないようね」
淡々と紡がれる薫の言葉。ローズは一瞬聞き流しかけたがすぐに事の重大性に気づき、
「ちょっと、それってどういうこと!?」
と薫に詰め寄る。
「私だって分からないわ。……そうなっていたのよ」
「それで!? それでどうしたの?」
「舞には咲、かれんさん達にはのぞみたちを探すように伝えたわ。探すために出発して
 くれたらしいけど。私が知っているのはそこまで」
「かれん達には説明したの?」
「いいえ。とにかく探すように言っただけ」
「何でっ!? ちゃんと言わないと!」
「言っても混乱させるだけのような気がして」
「そんな躊躇ってる場合じゃないでしょ! 早く外に出たいと思わないの!?」
ローズの言葉に「うるさい」と言うように薫は目をそらした。ローズは声のトーンをやや落とす。
「とにかく、それだったら私が何とかするわ。早くプリキュアたちと合流して……かれん、
 私のことは覚えてた?」
「聞いてないわね、そう言えば。――それと、カレハーンと、さっきはドロドロンが
 ここから出たわ。もう大分緩んできてる」
ローズは息を飲むがすぐに気を取り直す。
「何とかしてすぐにここに戻ってくるから。待ってて」
立ち去ろうとしたローズに「待って」と薫が声をかけた。
「満のことも探して。心配だから」
「分かってるわ」
ローズは請合うと洞窟の外に出た。プリキュアの気配を探る。わずかに感じた気配を元に、
ローズは舞たちの進んだ道を全力で駆け始めた。


「光の使者、キュアブラック!」
「光の使者、キュアホワイト!」
なぎさとほのかはブラックとホワイトに変身を終え、火の玉の群れと格闘している。
ブラックの繰り出す拳は光と見まごう速さで火の玉をねじ伏せ、圧倒した。
対するホワイトは火の玉をちぎっては投げる。ピーチたちが助けているのか
助けられているのか分からなくなってきた頃、すべてのウザイナーは消滅した。
プリキュアの変身も自然に解ける。
「……」
なぎさとほのかは無言で自分たちの身体を見回していた。今起きたことが信じられなかったらしい。
「あの、なぎささんとほのかさんもプリキュアなんですか?」
ラブが駆け寄る。なぎさははっと我に返ったように地団太を踏むようにどたばたとした。
「わ、分かんないよ何が何だか! こんなのぶっちゃけありえなーい!」
「お、落ち着いてくださいなぎささん」
美希と祈里が止めようとするもなぎさは慌てたままだ。
「あなたたちはプリキュアよ。伝説の戦士」
聞き慣れぬ声に五人がはっと振り向くと、ずっと走ってきたミルキーローズがそこに
立っていた。ぽん、と変身を解き美々野くるみの姿になる。
「聞いてはいたけど……その様子じゃ本当に忘れているようね。自分たちのこと」
――自分たちのこと……?
ほのかには心当たりがあった。なぎさと手を繋いだあの時、何かを思い出しかけたような
気がする。
その『何か』はすぐに消えてしまって何だったのか結局分からないままだけれど。

「あなたは誰なの?」ラブの問いにくるみは「美々野くるみよ。……かれんやのぞみは
 近くにいる?」と逆に問い返す。
「水無月かれんさんと夢原のぞみさんだったら家の中にいるはずだけど」
「……会いたいわ。会わせて」
ラブたちは一瞬悩んだが、連れて行くことにした。ここで彼女を疑ったところで何にも
ならないだろう。
家の中に入ると、舞とかれんが例のソファの前で二人だけで話をしていた。咲やのぞみ、
こまちとりんにうららは遠巻きに見ているという様子で――先ほどのことについてお互いに
謝っているらしいことが見て取れる。
とはいえ、舞もかれんも薫に対する基本的な考え方を変えたのではなさそうだから
主張は平行線のままだろう。言い争いのようになってしまったことを反省しているだけで。

「かれん〜!」
ラブがかれんのことを紹介する間もなくくるみは部屋の中に飛び込むとかれんに駆け寄る。
「かれん!」
えっとかれんはくるみを見て驚いた顔をした。舞は「お友達ですか?」と聞くが
かれんは黙っている。
「かれん……私のこと、覚えてないの?」
くるみは泣きそうな顔になる。だがかれんには本当のことを言うしか手段はなく……、
「……ごめんなさい」
その言葉を聞いてくるみはくらりとした。覚悟はしていたものの実際に自分のことが
忘れ去られていると分かる衝撃は大きい。
なぎさやラブたちが自分のことを忘れているのは仕方ないにしても、かれんなら覚えて
いるかもしれないと淡い期待を抱いていたのに。
周りにいるのぞみやりん、うららやこまちの顔を見ても自分のことを
覚えている様子はない。
「ねえ、くるみさん。かれんさんの友達なの?」
美希が近づいてくる。
「友達っていうか何ていうか……」
ショック療法。答えながらくるみの頭にそんな言葉が浮かんだ。
意を決して、ぽんという音と共にミルクの姿になる。
「かれん、これでも思い出さないミル!?」

思い出していないことは表情を見れば分かる。かれんだけではない、
周りの誰もがミルクの姿を見て絶句している。あああ、とミルクは思った。
何をどう説明すれば分かってもらえるのか見当がつかない。薫の抱いた困惑がミルクには
やっと理解できたような気がした。とにかく、くるみの姿に戻る。

「あなた……何者?」
かれんに悪気のないのは分かるのだがあまり言われたくない言葉だった。
一瞬落ち込みかけるがとにかく気を取り直す。
「ねえねえ、かれんさんのこと知ってるんだよね? だったらひょっとして私たちのことも?」
のぞみがそばに寄ってくる。
「知ってるわよ。能天気な所は変わらないわね、のぞみ」
「えへへ」とのぞみは笑う。その笑顔も変わらない――と、くるみは思った。
「あの、ひょっとして私たちのことも……? もしかして、薫さんのことも?」

舞がくるみに尋ねた。大人しい舞にしては人の会話に割り込んでくるのは珍しい。
「知ってるわ」
何をどういう順番で話せばいいか。くるみの頭はフル回転していた。
「薫さんは、危険な存在なんですか?」
「ええ!?」
冗談を言っているのかとくるみは思ったが舞の表情は真剣だ。
「薫さんは、危険な存在なんですか!? 私、薫さんをあそこから出してあげたくて……」
舞の顔は半ば泣き出しそうに歪んでいる。それを見てくるみは逆に落ち着いた。

「落ち着いて。薫は危険な存在なんかじゃないわ。本当ならあなたや咲が一番それを
 知っているはず。……でも、今はまだ薫をあそこから出すわけにはいかないの」
「『まだ』って? どうなったら薫さんを出せるの?」
いつの間にか咲が舞のそばに立っていた。くるみはふうっと息を吸い込み全員に
聞こえるように言う。
「あなた達みんなが昔のことを思い出したらよ」
――思い出す……

その場にいた全員が何となく納得した。自分たちは確かに、何か大切なことを
忘れているのに違いないのだ。はっきりとした証拠はないが、いつも何かが物足りない。
「どうすれば思い出せるの?」
咲の問いにくるみは首を振った。

「それは私にも分からないわ。あなた達が頑張るしか」
なんとも頼りない答えである。だがくるみにもそれ以上のことは答えようがない。
「私はのぞみやりん、うらら、かれん、こまちのことは良く知ってるわ。
 だからあなた達五人が昔どうしていたかは話すことができる。
 でも……ごめんなさい、他の人のことはそれほど詳しく知っているわけではないの」

咲と舞、なぎさとほのか、ラブ美希祈里はそれぞれに顔を見合わせた。
「私たちが思い出さなくてはいけないことは――私たちがさっきプリキュアに
 変身したことと関係ある?」
ほのかが静かに尋ねた。ええ、とくるみは答える。
「もちろん、関係あるわ。あなた達はみんなプリキュアだもの」


しばらくして、部屋にはのぞみたち五人とくるみの合わせて六人だけが残った。
他の人たちはそれぞれ部屋に引き取り、各人で色々話しながら「思い出す」ことができる
かどうか試しているだろう。
この部屋での六人はくるみを囲むように座って彼女の話――サンクルミエール学園のこと
やパルミエ王国のこと、プリキュアとして戦った日々のことを聞いている。
だが話せば話すほどくるみの焦燥は強くなった。みんな「お話」としてくるみの話を
聞いているだけで、実際に自分たちの経験したこととしてそれを実感している様子はない。
この温度差はいかんともしがたい。
もちろんみんなとしても何かを「思い出そう」として聞いているのだが、
実際に「思い出す」には至らないので聞いている方も焦っている状態である。

「みんな、こうやってるから駄目なんじゃないかな〜」
そんな中、一人暢気に見えるのぞみが声を上げた。
「こうやってるから、ってどういうこと?」
「こう、眉間に皺寄せて腕組んだりしてても無理なんじゃないかな。
 もっとこう、両手開いて心底笑って……みたいな」
「う〜ん」
りんは難しい顔を崩さない……と、りんの隣にいるかれんがのぞみの言う通りに
両手を開いていたので「えっ」と驚くと、かれんは「や、やってみただけよ……」と答えた。


その頃、なぎさとほのかはなぎさの部屋で話していた。どこか気まずいが、まず、
なぎさが「ごめん、さっき。雪城さんが調べたこと、ちゃんと調べてないなんて言っちゃって」
と口火を切る。ほのかも、
「私もちょっと怒り過ぎちゃって……」
と謝った。再び沈黙が二人の間に落ちる。そうだ――となぎさが先ほど変身する時に
使った携帯電話状の機械に耳を当てたり振ったりするが、もう声は聞こえなかった。
「聞こえないや。さっきの声」
「緊急時でないと聞こえないのかしら」
ほのかも同じように耳に当てる。
それとも、二人が「思い出」せば、いつもあの声が聞こえるようになるのか。
ほのかはそっとなぎさの手に自分の手を重ねた。
 「雪城さん?」
「美墨さん――私、あなたと手を繋いだことあったかしら?」
「うん……」
それはなぎさも気になっていたことだった。記憶にある限り、なぎさとほのかが
手を繋いだのは先ほど変身した時が初めてのはずである。記憶にある限り。
しかし――、
「美墨さんと何度も手を繋いだことがあるような気がして」
「うん、私も雪城さんの手……覚えてるような気がする……」
その夜、二人は何度も手を繋ぎあった。


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