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一時間も同じことをしているとりんや舞、ほのかは次第に口数が少なくなってきた。
のぞみが喋っているのでずっと沈黙が続くことはないが、
舞はほぼ押し黙ってしまっている。通りには無数と見える数の家が立ち並んでいる。
出てくる人は皆一様に灰色の服を着ていて「いません」とだけ答える。
これだけ多くの人の中から「日向咲」という人を見つけることができるのだろうか。――この街にいるならまだいい。いないのかもしれない。

そもそも、この世界に本当にいるのだろうか。……いえ、きっといる、と舞は思い直した。
――りんさんやのぞみさんに会えたんだもの。それに……、
「日向咲」という人に出会えなければ薫をどうすればいいか分からない。舞は薫を
何とかしてあの洞窟から出したいと思っていた。あそこにずっと放っておくわけにはいかない。
――きっとあの人は私にとって大切な人。
奇妙なことだが舞には確信めいたものがあった。根拠は何もないと言うのに。
――だから、日向咲さんも……

きっと、自分にとって大切な人だろう。そうであれば、必ず会わなければいけない。
舞はぴんと背筋を伸ばした。ネガティブになると猫背になっていけない。見た目からでも、
胸を張って……。

「は〜、お肉いっぱい買っちゃった」
「値引き交渉したら結構負けてくれましたね〜、今日も絶好調ナリー!」
「あとは、作ってくれる人を探すだけですね♪」
舞たちの前から妙に元気な三人組が近づいてくる。この街の他の人とは違って灰色の服
ではなく、舞たちと同じようにそれぞれに違う服を着ている。
三人と四人の二組はふわりとすれ違った。舞は一瞬、風が止まったように感じた。

「え……?」
何かを感じて舞は思わず立ち止まり振り返る。そばを歩いていたりん、のぞみ、ほのかが
それに気づいて立ち止まった。
舞の後ろでは茶色の髪の女の子がやはり立ち止まって振り返っていた。
一緒に歩いているもう一人の茶色い髪の子、黄色い髪の女の子の二人が不思議そうに
その子の様子を見ている。
彼女はじっと舞を見ていた。舞もじっとその目を見返す。

「咲、友達?」
少し背の高い茶色い髪の女の子が彼女に尋ねる。その言葉に舞たち四人ははっとなった。

「咲……さん?」
震える声で舞が問うと、咲と呼ばれた女の子は頷いた。
「そうだけど……」
あなたは? と聞きたげな咲に舞は、
「私は、美翔舞……」
と答える。「咲、友達なんだったら紹介してよ」と茶髪の女の子が咲をつつく。
咲はその声が聞こえないかのようにぼんやりと舞を見ていた。

「あの、ちょっといいですか」
咲と舞は互いを見詰め合っているだけで話が進みそうにないのでりんが茶髪の女の子――
美墨なぎさに話しかけた。
「こちらは日向咲さんなんですか?」
「そうだけど。咲の友達なんじゃないの?」
なぎさはきょとんとして尋ねる。今の状況がだんだんつかめなくなってきたらしい。
「友達というか何というか……、えっと私は夏木りん、こっちが夢原のぞみでこちらが」
りんはなぎさたちから見て一番奥にいるほのかを手招きする。
「雪城ほのかです」
挨拶したほのかを見て何故かなぎさはぎくりとした。ほのかはそんなことには気づかずに
ぺこりとお辞儀をする。
「え、えーと、私は美墨なぎさ、でこっちが春日野うらら」
「春日野うらら!?」
のぞみとりんの声がユニゾンした。「どういうこと?」と聞こうとしたなぎさの声が
かき消される。
「あ、あなたが!?」「春日野うららさん!?」
「え、ええそうですけど……」
うららは二人に詰め寄られる形になった。
なぎさが、「あの〜ぶっちゃけ何が何だか良く分かんないんだけど……」と口を挟む。
咲と舞は見詰め合ったままだ。

「あ、え〜と……何て言ったらいいか……」
りんが頭をかいた。のぞみが、
「私たち、会えば何か分かるって言われているんです!」と簡単に説明する。
簡単すぎて余計になぎさには分からない。

「あの、なぎささん。積もる話があるみたいですし、うちに来てもらったら……」
うららの提案になぎさはぱっと顔を明るくした。
「そうだ! みんな、料理上手?」
「ほのかさんのはすごーくおいしいですよ! りんちゃんも舞ちゃんも上手いし」
のぞみの答えになぎさは顔をほころばせる。
「じゃあさ、家おいでよ。よかったら料理作ってほしいんだ。材料は沢山あるから」
そう言ってなぎさは手に持っている袋を見せた。なぎさが持っているのは肉ばかりだ。

「いいですか、ほのかさん?」
「私は構わないわ。でも、私たち連れがいて」
「連れ? 他にも?」
ほのかはなぎさにええと答える。
「他に五人いて」
「へえ、沢山いるんだ。じゃあ、まとめてみんなおいでよ。どこにいるの?」
「正午に街の入り口で会う約束になってるんです」
りんの答えに、なぎさは大時計を見やる。
「もうすぐだね。……じゃ、その五人を迎えに行ってそれで家に行こう。ほら、咲」
なぎさが咲の頭をぱんと両側から軽く叩くと、咲は「あ、なぎささん」とやっと
我に返った。
「舞さんも、……大丈夫?」
ほのかに声をかけられ、舞は夢から覚めたような表情を浮かべた。一行は街の入り口で
かれんたち五人と合流すると、街の中心部にほど近いなぎさたちの家に向かった。


「……で、咲と舞、うららとのぞみ、りんはどういう関係になるわけ?」
家に落ち着き料理の材料を片付けるとなぎさはどっかりとソファに腰を下ろす。
さすがに十二人ともなると一つ部屋に入るには狭いが、適当に床や椅子などに座っている。
この辺りは同年代ということもあってあまり気兼ねがなかった。

「だから、会えば何か分かるって……」
「私から説明するわ」
かれんがのぞみの言葉を遮り、なぎさの正面に椅子を持ってきて座った。
その視線はなぎさの上に、さらにその隣に座っているうららの上に落ちる。咲はというと
舞と並んで床の上に座ってかれんの話を待っていた。

「私とこまち、舞が住んでいた家の近くの洞窟に……」
今日この説明をするのは二回目だとかれんは思った。二回目ともなると言葉も滑らかだ。
「……というわけで、舞と日向咲さん、私やこまちとのぞみさん、夏木さん、春日野さん
が会えば何か分かるかもしれないという話だったの。もっとも……」
かれんの目は再びうららに向った。
「私には何も分からないけれど」
「ふ、ふうん? ……そうなんだ」
なぎさは目を丸くしてお茶を濁すように答えた。普通の反応だろうとかれんは思う。
あっさり信じるのぞみの方がよほど珍しいのだ。

「ね。咲、咲は舞と会って何か分かったの?」
なぎさは咲に目を向ける。床の上にちょこんと正座している舞と体育座りしている咲は
一対のぬいぐるみか何かのようで、なぎさは思わず吹きだしそうになった。
「何か分かったかは分からないけど……でも、あんまり」
咲は舞に視線を向けた。
「初めて会ったような気もしなくて」
「へえ? ……」
なぎさが興味深そうに答えた。
「じゃあ、本当に咲と舞はもしかしたら何かが分かるかもしれないんだ」
「あの!」
のぞみが声を上げる。皆の視線が一斉にのぞみに向いた。
「私も、……私も、かれんさんやこまちさんと一緒にいると初めて会った人のような気が
 しなくて。きっとうららちゃんのこともそう思える気がするんです」
「だからあんたの思い込みじゃないの、それ?」
「え〜、そんなことないよ」
りんとのぞみが言いあっているのを「私は全然そんな気がしないけど」という
かれんの声が止めた。のぞみは平気そうだがりんはちょっとむっとしたような
表情を浮かべている。

「何か良く分かんないなあ……」
頬をかくなぎさに「それが普通よ」とかれんは断言した。
「そうかな。……それで、この街へは咲とうららを探しに来たの?」
「もう一つ、図書館で調べものをしたくて」
かれんの代わりにほのかが答えた。ほのかは部屋の入り口近く、なぎさから見て最も
遠い場所にある椅子に座っている。
「そうなんだ。じゃあ、図書館まで案内するよ」
なぎさは勢い良く立ち上がった。とりあえずするべきことができたのはなぎさにとって
ありがたい。ソファに座って考え事というのは性に合っていなかった。

「図書館は、雪城さんだけ?」
「あ、私たちもいきまーす」
ラブが手を挙げる。
「私も行くわ。調べたいことがあるの」
かれんがゆっくりと立ち上がった。付き添うかのようにこまちも続く。
「咲とうららは? どうする?」
「私は舞と少し話がしたくて……」
「あ、私たちもうららちゃんと話したいです!」
咲とのぞみの言葉を聞き、じゃあ家を空けるときは戸締りしてねとだけ言ってなぎさは
ほのかたちを連れて家を出る。
残ったのは咲と舞、それにのぞみ、りん、うららの五人だ。
「舞、ちょっとこっち来て」
咲が手招きをして舞を家の奥に連れて行く。
「ねえ、うららちゃん」
のぞみはうららの手を取った。
「よかったら、この街案内してもらえない?」
屈託なく尋ねる。その表情はうららのことを既に友達と思っているように見えた。
「え、ええ。……ご案内します」
うららはのぞみににっこりと笑顔を返す。三人はなぎさたちが出て行ったドアをくぐって
外に出た。

「じゃーん! これ見て!」
その頃、咲は家の一番奥に舞をつれてきていた。ここは咲の城と言ってもいいような場所だ。
大きなオーブンが目立つ。
「これは?」
「んっとね、これで毎日パン焼いてるんだよ!」
「咲さんが?」
咲でいいよ、咲はそう答えると「はい」とオーブンの横に置いてあったメロンパンを
一つ渡す。
「今朝、焼いたのの残りなんだけど良かったら」
ありがとうと答えて、舞は受け取ったパンをぱくりと一口食べる。
「……おいしい!」
咲は舞を見てにこにこと笑った。
「でしょ? 咲ちゃん特製パン。本当は焼きたてが一番いいんだけど……」
パン越しに舞と咲が目を合わせる。舞も咲に釣られたように笑ってしまった。
――なんか、咲といるとすごく落ち着く気がする……
舞はそう思った。初めて会う人なのに、ずっと昔からこうしているような気さえする。
「ね、舞。ちょっと相談なんだけど……」
咲が声を潜めた。舞が耳を傾ける。

「舞の住んでた家の近くの洞窟、私も連れて行ってもらえないかな?」
「……咲」
「そこにいる薫さんは、舞と私が会えば何かが分かるって言ってたんでしょ?」
舞が頷くのを見て咲は話を続ける。
「私ね、さっきも言ったけど、舞と初めて会ったような気がしなくて。昔も会ったことが
 あるような気がする。だからその薫さんの言っていたことはたぶん本当だと思うんだ」
舞はパンを食べ終え咲の話を聞いていた。
「『分かる』っていうのが、何のことなのかまだ分からないけど……薫さんに会えれば、
 ヒントとか何かあるんじゃないかなって思って。だから、舞に連れて行って
 もらいたいんだけど」
「咲、……私も咲に、一緒に洞窟に来てってお願いしようと思ってたの」
「え!? そうだったんだ」
同じ事を考えていたと知ると何だかおかしい。二人はまた笑い合ってしまった。
だがすぐに舞は真剣な表情に戻る。
「もしかしたら、私たちに『何かが分かった』ら薫さんをあそこから出せるんじゃないか
 と思ってるの。私、薫さんをあそこから出してあげたくて……」
「うん」
咲は頷いた。
「二人で一緒に行こう。それで、何とかしてみようよ」
咲は舞に向けて腕を伸ばした。舞も同じように手を伸ばし、二人の手がぱんと音を立てて
鳴る。
「なぎささんたちが帰ってきたら事情を話して、できるだけ早く明日にでも出発しようよ」
「ええ。……よろしくね、咲」
とにかく、することは決まった。後は――、
「ねえ、舞。さっき確か、舞の料理ってすごくおいしいって聞いたけど」
「すごくなんてことないけど……」
顔を赤くしてうつむく舞に咲は更に続ける。
「材料いっぱいあるからみんなが帰ってくる前に今夜の夕食の見通しつけてびっくり
 させちゃおうよ! 私も手伝う!」
「……うん!」
咲と舞はさっそく材料を点検し始めた。


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