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第四話 集結

――なぎささんにはチョココロネ。うららにはカレーパン。
自分用には、今日はメロンパン。
咲は焼きたてのパンを一杯に入れた籠をリビングルームの中に運び入れる。
「パン到着なり〜!」
咲が部屋に入ると「よっし!」というなぎさの声が出迎える。
うららがドアを抑え、なぎさは咲からパン籠を受け取るとテーブルの上にどんと置く。
皿やバターはなぎさとうららが準備済みなので後は食べるだけである。
「それじゃあ……」
なぎさの声に合わせて三人がすうっと息を吸い込む。
「いっただきま〜す!」
この家の食事は基本的に咲がつくるパンで賄われている。
特に朝は、なぎさがチョココロネでうららがカレーパンというのはいつも決まったメニューである。

「ねえねえ、そろそろ大食い大会あるんでしょ? この街にも人、沢山来るかなあ」
「人が集まってくるんじゃないですか? 大会目指して」
「楽しみですね〜」
うららがぱくぱくとカレーパンを口の中に押し込んでいく。
なぎさはそれを横目で見ていたが、うららの手の食べかけのカレーパンにぱくりと
かぶりついた。
「あ」「あ」
咲とうららが口をあけている前で、なぎさの口はうららの手からカレーパンを取ると
ぽんと一回空中に投げ上げてから加えなおした。
「う〜ん、カレーパンもおいしい……って、うらら泣かないでも!?」

ぽろぽろ涙を流しているうららに「ほ、ほら、カレーパンまだ沢山あるから。
追加で焼き直してもいいんだし」と咲が渡そうとすると、うららは涙を拭いて
にっこり笑った。
「お芝居の練習ですから」
「なあんだ」
咲となぎさが同時に気の抜けた声を出す。
「うらら、代わりに私のチョココロネ食べていいよ」
「は〜い」
なぎさがうららにチョココロネを渡した。

「でもさ、大食い大会って本当に今みたいのも競技にあるらしいよ?」
「今みたいのって、人が食べてる物取って食べるってことですか?」
うららが黙々とチョココロネを食べている横で咲となぎさは話を続ける。
「そうそう。他の選手が食べている物を勝手に取って食べれば自分の分とカウントされて、
相手の選手はそれを食べたことにならないから有利っていうルールらしいよ」
「なぎささん強そうですよね、それ。こう、相手選手をばったばったと」
それはもはや大食い大会ではなくプロレスか何かでは? とうららは思うが、
チョココロネがおいしいのでもくもくと食べ続ける。

「咲もやっぱりそう思う? 私も、その競技結構楽しそうな気がするんだよね〜。
 ね、咲、うらら。ごはん食べ終わったらちょっと出かけない?」
「どこ行くんですか?」
「ほら、大食い大会って色々な食べ物食べないといけないじゃない? 
 私たち、普段咲が焼いてくれるパンや卵料理を食べることが多いけど、
 いろんな材料買ってきていろんな料理作って練習した方がいいんじゃないかなあ」
「えーと」
咲は困った表情を浮かべた。
「なぎささん。……誰が作るんですか?」
そもそもこの家の食生活がパンと卵料理、たまにケーキという非常に偏ったものに
なっているのは、まともに料理を作れるのが咲だけで、
その咲が作れるのがこれらの料理だからだ――という事情による。
材料を揃えれば多彩な料理が食べられるというものでもない。

咲の当然の指摘になぎさは「う〜ん」と考え込んだ後、
「そこは何とか気合でさ。頑張ってみれば何とかなるって!」
「うう〜ん……」
今度は咲が難しい顔をした。これまでにも何度か「頑張ってみた」ものの現在の
状況が変わることはなかったのだから、……どう考えても難しそうな気がする。
「無理かなあ、咲」
「難しいですよ〜なぎささん。やっぱり」
「あの、だったら誰かに作ってもらったら」
うららの言葉になぎさと咲はえ? という表情を浮かべた。
「誰か街であった人に作ってもらったらいいんじゃないでしょうか」
「うらら、それいい! すっごくいい!」
「ナイスアイディアだよ、うらら!」
なぎさと咲は口々に言い、最後になぎさが纏める。
「よしっ、じゃあ街に出て食材と人材を確保しよう!」
なぎさの言葉に咲とうららが「おー!」と手を上げ、食事の後は街に行くことになった。


その頃、舞たち九人も朝食を終え出発しようとしていた。
「そろそろね。あとは祈里さんだけかしら」
ほぼ全員の準備が揃ったようなのを見てほのかが声をかける。
かれんとりんはまだ口の中に辛い物が残っているかのような顔をしていた。
一晩寝てもなかなか元通りにはならないものらしい。
「あ、ブッキー出てきた」
ラブの言葉通り、祈里が戸締りを終えて家から出てきた。手にはリードを持ち、
その先には青い石を見つけたときに一緒に散歩した犬がいる。
「可愛いわね」
ほのかが思わず顔をほころばせて屈みこむと犬の頭を撫でる。
「忠太郎の小さい頃みたい」
「忠太郎……って、誰ですか?」
りんが不思議そうに尋ねると、ほのかはごく当然のように、
「うちで飼っている犬よ」と答える。
「え? ほのかさん、うち犬なんて飼ってませんよ?」
一瞬ほのかはあれという顔をしたが、「そうね」と苦笑して立ち上がる。
「飼ってないわね。何勘違いしちゃったのかしら」
「夢か何か見たんじゃないですか?」
「まあ、とにかく……」
恥ずかしそうにほのかは話題を変えた。
「行きましょう」

ラブたち三人に案内してもらったので大きな街まではすぐに行くことができた。
三人もたまにこの街に買い物に来ることがあるそうだ。
この街は山を背後に、盆地のような地形の中に発達している。
家々が建ち並ぶ様はさすがに街、といったところだろうか。
山への道からそれて街に降りる道を下りながら舞はここに住んでいるだろう人々の数に
半ば圧倒されつつあった。
ラブたちの家から出かけて二時間ほどで九人は街の入り口にたどり着いた。

「これだけ大きな街だと、一軒一軒訪ねて歩いても相当の時間がかかるわね……」
かれんが街の中を見渡しながらつぶやく。実際、どれほどの数の家があるのか
一同には見当もつかなかった。
「そうね……」
ほのかはその言葉を受けて少し考える。
「だったら、これだけ人数がいるんだから二手に分かれましょう。ここから見て
 右側と左側から回ることにして。日向咲さん、春日野うららさんについて聞いて
 回るのと、もしあれば今夜の宿も見つけたいわね」
「見つからなければまたうちに泊まっても大丈夫ですよ? 少し遠いけど」
ラブの言葉にほのかは「ありがとう」と答えると、
「それじゃあ日向さんと春日野さんのことが最優先ね」と街の真ん中にある大時計を
見やると、
「正午になったらここに一度集合しましょう。どちらかが見つけていたらその時に
 話すという形で。えーっと、グループ分けは……」
ほのかはぐるりと一同を見渡した。
かれんとりんはどう考えても離した方がいいだろう。
「私と舞さんと、のぞみさんとりんさんで一つのグループ。水無月さんと秋元さん、
 ラブさん美希さん祈里さんでもう一つのグループ。……これでいいかしら」
「ええ、そんなところね」
かれんがうなずいて同意する。
ラブたち三人の目から見るとかれんは何だかよく分らない人なのだが、
りんを相手に対抗意識さえ燃やさなければしっかりした人なのだろう――ということは
何となく見当がついた。
「じゃあ私たちが右側から行くわ」
「それなら、私たちは左からね」
ほのかとかれんが分担を決め、あとの七人はそれぞれに分かれて街の中に入った。

「……りんさん」
かれんたちのグループと別れてしばらくしたところでほのかが話し始める。
お説教を始めそうなその口調にりんは内心ぎくりとしたが努めて平静を装い、
「何ですか?」
と返す。
「あまり水無月さんに突っかかっていっちゃだめよ」
「はあ……」
やっぱりそのことか、と思いながらりんは頭をかいた。
「なんか……突っかかっていくつもりはないんですけど一々かちんときちゃって……
 とことん気が合わないっていうか。向こうも全然引かないし、それでついつい」
聞いていた舞がくすりと笑った。
「何、舞ちゃん。私何か変なこと言った?」
りんが不思議そうに尋ねると舞は
「あんな風に、ある意味のびのびしているかれんさん見るの初めてだから」と答える。
「のびのび? そうかなあ」 
「ねえ、私あんな風に意地を張り合ってるりんちゃんとかれんさんってどこかで見たこと
 あるような気がするよ!」
のぞみの言葉にりんは「え〜」と不満そうだ。
「そんなわけないでしょ。この前会ったばかりなんだから」
「うーん、そうだけど。でも、なんだか見慣れた光景っていうか、前もあんなことしてた
 ような気がする」
「ま〜た、あんたは言ってること無茶苦茶なんだから」
りんとのぞみの掛け合いをほのかは笑って見ていたが、
「とにかく、あまり水無月さんと張り合っちゃだめよ」と釘を刺して最初の家の前に立つ。
呼び鈴を鳴らしたのは舞だった。家の人が出てくる。
「すみません、ちょっとお伺いしたいんですがこちらに日向咲さんや春日野うららさんと
 いう方は……」


「ありがとうございました、失礼いたします」
かれんたちも舞たちと同様に訪問を続けていた。こちらのグループはもう五軒目の訪問に
なるが、日向咲、春日野うららという名に心当たりのある人は今のところいない。
「なかなか見つかりませんね……」
祈里がつぶやく。「これだけ人がいる中から探すのは時間がかかりそうね」とこまちも
答えた。
「あの〜……、実は私たちよく分かってないんですけど」
ラブがこまちにためらいがちに尋ねた。
「その日向咲さんと春日野うららさんを、どうして探してるんですか?」
「それはね」
こまちはわずかに目を動かしてかれんを見る。
かれんはまた何か考え込んでいるようでこちらの会話には参加しそうにない――、
「実は二人はかれんの隠し子で」
「えええええっ!?」
「こまちっ! 勝手にお話を作らないで!」
かれんが慌ててこまちの身体を押しのけるとこまちとラブたち三人の間に割り込む。
「私から説明するわ。信じても信じなくてもいいけど。私とこまち、舞が住んでた家の
 近くに洞窟があって……」
かれんが語り終えるとラブたち三人は一様に押し黙った。
「最初に言ったけど、信じても信じなくてもいいわ。普通は信じないでしょう、
 こんなこと。私だって自分たちの身に起きたことでなければ信じないわ」
くるりとかれんは三人に背を向けると、次の家へと向けて歩き出す。こまちがその隣に並んだ。
「あの、じゃありんさんやのぞみさんはかれんさん達が探し出した人なんですか?」
ラブがたたっと走ってかれんの前に回り込む。
「探し出した、というとちょっと印象が違うわね。夏木さんとのぞみさんは意外と簡単に
 見つかったわ」
「ははあ……」
「つまり、りんさんやのぞみさんは水無月さんたちにとって運命の人って感じなのかな」
祈里の言葉に美希は「あんまり運命とかそういうのに振り回されるのもどうかと思うけど」
とつぶやき、かれんと目が合って「あ」と思わず口を押さえる。
「同感ね」
かれんの言葉は予想外だったのでラブたち三人は「え?」と言ってしまった。
「私も、運命だとかそんなのに振り回されるのはどうかと思うわ」
「それじゃあ、どうして日向さんと春日野さんを探し続けてるんですか?」
ラブの質問にかれんは一瞬黙った後言葉を返す。
「舞が日向咲さんに会いたがっているからよ。あの子は、日向咲さんに会えば本当に何かが分かるかもしれないと思っているみたいだから……」
「優しいんですね、かれんさんは」
「優しい?」
ラブはかれんに頷いた。
「舞さんのために一緒に探してあげてるんですよね?」
かれんの頬が一瞬赤く染まったがすぐに背を向けたのでラブたちには見えなかった。
かれんが人探しを続けているのは、ラブたちに言わなかった理由もある。
薫が言ったことはともかく、彼女の存在は真実だ。彼女が自分たち三人の名前を知っていたことも。
どう考えても普通の状態ではない。魔物とすぐに関連付けて考えるのは無理があるかもしれないが――、
しかしあまりにも簡単に赤い石と青い石が揃ったのも気に掛かる。

何かが怪しいのだ。危険が迫っているような悪い予感もする。
もし仮に悪いことが起きるとすれば、一番危険な目に遭いそうなのは舞である。
その対策として――情報が集まるのなら集めておくにこしたことはない。
日向咲や春日野うららと出会うことで却って事態が悪化する可能性ももちろんあるのだが、
かれんは二人に会うことで何か状況が明らかになることを期待していた。
次の家の呼び鈴を押す。
「突然すみません、こちらに……」


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