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第三話 変身

「でっきたー! あたし完璧!」
美希がぴょんと飛び跳ねる。美希の前の椅子に座っていた祈里は自分の姿を鏡で見て
「へえ……」と感心したような声を漏らした。祈里はいつものような髪型ではなく
ストレートに髪を下ろし、横で一つ結んでいる。
「こういうのもいいでしょ?」
「ええ」
今の祈里の髪をセットしたのは美希だ。美希自身もいつもとは違いポニーテールに
している。
「あのさあお二人さん……」
盛り上がっている二人の背後のベッドからむっくりと影が起き上がる。
「なんで私だけこうなのー!?」
起き上がったラブの頭はアフロになってしまっている。
「そういうのも面白いと思ったんだけど」
「面白くなーい!」
「似合ってるとおもうよ、ラブちゃん」
「あんまり嬉しくなーい!」
「しょうがないわね、元の髪型にしてあげるからそこ座って」
ラブは美希の前の椅子に座った。

ラブの髪型が元に戻ったのはそれから小一時間してからのことである。
祈里はその間ベッドに腰掛けて犬と遊んでいた。
「はい、これでいい?」
「うん、これなら……」
元の髪型に戻ったラブは鏡を見てにっこりする。
「美希たんみたいにせめてポニーテールにしようかな」
「ん、じゃあやってあげるわよ」
「本当にポニーテールにする? またアフロにしない?」
「しないしない」
美希は笑って、「ほらちゃんと前見ないと変な髪形になっちゃうから」
とラブに前を向かせる。
「ねえ、美希たん」
「うん?」
美希の手が二つのゴムを取った。ばさりと落ちる髪を丁寧にとかして一つに纏める。
「なんか最近退屈だよね」
「そうね……」
馬の尻尾状にした髪をゴムで縛れば完成だ。
「はい、できた」
美希がぽんぽんとラブの頭をたたくと、
「ありがと、美希たん」とラブは椅子から滑り降りた。


その頃、舞たち六人の一行はラブたちの住む家がちょうど見える丘の上に出ていた。
「あのー、水無月さん。やっぱり迷ったんじゃないですか? このままこの道行っても
 山にぶつかるだけみたいですけど……」
りんの言葉にこまちが苦笑した。
「おかしいわね。こんなはずないんだけど」
地図を持つのはかれんだ。この道を行けば大きな街に出るように書いてあるのだが。

「あの家の人に聞いてみたらどうかしら? 日向咲さんがあそこにいるかもしれないし、
 それを聞くのも兼ねて」
ほのかが下に見えるラブの家を指差した。辺りに家らしき物はその一軒しかないのでそこに行くしかなさそうだ。
「あそこに下に降りる道がありそうですね」
舞が目ざとく道を見つけたので六人はぞろぞろと道を下っていった。
「あっ!?」
とほのかが声をあげる。
「どうかしました?」
りんが尋ねると、ほのかはポシェットの中から例の赤い石を取り出した。
「ポシェットの中で一瞬これが光ったような気がしたんだけれど……」
赤い石は今は元通りに落ち着いている。
「気のせいね、たぶん」
ほのかは照れ隠しに笑ってまた石をしまいこんだ。
「魔物が近くまで来てたりして〜」
冗談半分にのぞみが言うと、「ちょっと、やめてよ!」とりんが叫ぶ。
「……あまり冗談で言うことでもないわね」
妙に深刻なかれんの口調に他の五人全員が一瞬え? という表情を浮かべた。


一方、ラブたちは三人で無駄話を続けていた。
「なんかさあ、やることないかな?」
「やることって?」
美希とラブは祈里が座っているベッドに同じように腰掛け、――ラブはすぐにうつ伏せに
なって突っ伏す。
「なんかこう、毎日やってて楽しくて、幸せゲットできちゃうようなそんなこと」
「この子連れて散歩に行ってみる?」
祈里が足元でじゃれている犬を抱き上げた。
「うーん」
ラブはどこか不満げだ。
「なんか違うんだよね……こう、何か違うことをやってたような……」
「……私もそう思うわ」
美希の言葉に、ラブはぴくりと顔を動かした。
「何かしていたような気がするのよね……こんな、暇潰しに苦労していたはずないもの。
何かに熱中していたはずなのに、思い出せなくて……」
ふう、とラブはため息をつく。なんだかつまらないのはみんな同じだ。
二人の会話を聞いている祈里の顔も浮かない。

「なんか、ぱーっと何かやりたいよね」
ラブの言葉にうんうんと美希も祈里も頷く。ただ、その「何か」が分からないだけだ。
我知らず、祈里はこの前拾った青い石を握り締めていた。
透き通った青が祈里のお気に入りである。――
「きゃっ!?」
青い石が突然光を発したので祈里は小さく悲鳴を上げた。
「ブッキー!?」ラブが慌てて身を起こし、美希も祈里の手を覗き込む。
「あ……消えた」
「光ったわね、今」「うん……」
呼び鈴が来客を告げたのはその時のことだった。
ラブ、美希、祈里は一瞬顔を見合わせたがすぐに玄関に走った。

「どちら様ですかー、わっ!」
ドアを開けたラブが驚いたのは、舞とほのかを先頭として総勢六名の団体が
やってきたのを見たからである。来客自体がはじめてなのにいきなりこんな大勢が
訪れるとやや圧倒される。
「すみません、こちらに日向咲さんか春日野うららさんはいらっしゃいますか?」
「……何かの調査ですか?」
舞の言葉にラブも質問で返す。
「調査といえば調査なんですけど、あの、実は……」
舞が困りながらも事情を話し始めようとすると、ほのかが「ああ、その」と遮った。
ここの人たちはまだ事情を話さなければならない相手かどうかわからない。
この中に日向咲や春日野うららがいないのなら、余計なことを言って混乱させる必要はない。
「その前に、ここの近くにある大きな街に行きたいんですが道が分からなくて……」
「あ、あの街ですか? 山に向って真っ直ぐ進むんですよ」
祈里が答える。
「それだと山にぶつかりませんか?」
「大丈夫ですよ。山に行く前にちょうど折れる道があるんです。
 そこに入ってしばらく行くと大きな街に出て」
祈里は手振りを加えて説明した。その手が軽くほのかの胸に触れそうになる。
「あ、ごめんなさ……!?」
祈里が手に握っていた光が青い光を放つ。ほのかがポシェットに目をやると、
ジッパーの隙間から赤い光が漏れ出ていた。ポシェットから赤い石を取り出す。
二つの石は共鳴するようにぶうんとうなるような音を立てた。
「ブッキー、どうなってるの?」
「私にも分からないけど……」
祈里は戸惑いながら手を開く。青い石はまだ輝きを放っていた。
「ブッキー、さん? 少しお話したいんだけどいいかしら」
ほのかの言葉に祈里は不安そうな表情のまま頷き、舞たち一行はそのまま家の中に通された。

リビングのテーブルにつくのはほのかと舞、祈里と美希。ラブは他の四人と一緒に
ソファの方に座っている。適当な自己紹介を終え、ほのかと祈里はそれぞれ持つ石を
テーブルの上に並べた。近づけると小さくうなる音がだんだん大きくなっていく。
あるところでほのかは近づけるのを止めた。
「さっきお話したように、私はこれを蔵の中で見つけたの。あなたのそれは?」
ほのかの問いに祈里は一つ頷くと、
「犬の散歩をしていたら見つけたんです。あの子が急に地面を掘り出して」
「そう……」
ほのかは祈里の、青いほうの石を手に取った。赤い石に良く似ている。
色の違いを覗けば大きさも形も重さもそっくりだ。
正八面体の宝石の中に球状の物体が入っているように見えるところも。
もう一度両者を近づけてみると、やはり音を立て始める。ほのかは引き離した。

「あの……、それ、何なんですか?」
美希がやや不安そうにほのかに聞いた。美希もラブも祈里も、ただ綺麗な石だとしか
思っていなかったのだが、こんな性質を見せられると何となく不安になる。
「私たちにも良く分からないの。ただの石だと思っていたんだけど」
ソファに座るかれんは後ろの声に耳をすませながら
――ただの石じゃないわ……
と思っていた。赤い石と青い石。二つの石が揃ってしまった。
伝説というのをあまり真に受けるつもりもないが、しかし……。

「あ! これ、貰ってもいい?」
のぞみが置いてあるシュークリームの山を見つける。
ラブは「シュークリームなんて作ったっけ?」と内心首を捻ったが、
「うん、いいよ」と答えた。
「もう、のぞみは。ごめんね、勝手に食べちゃって」
りんが呆れ顔をしながらラブに謝っているのを聞き
「だって、お腹すいちゃったんだもん」とのぞみは答え、 
――なんだろう、誰か……すごくシュークリームが好きな人が身近にいたような……
少し不思議に思いながらシュークリームにかぶりつく。
「……!? 辛ああああっ!?」

思わず口の中のシュークリームを吐き出しそうになるが涙ながらに飲み込むと今度は喉のあたりがじっくりと熱くなっていくような気がする。目からぼろぼろ出てくる涙を抑えてのぞみはうずくまった。
「のぞみ!」「大丈夫!?」
りんとラブが同時にのぞみに駆け寄る。
「どうしたの!?」
「からいからいからい……」
りんに答えてのぞみは手に持っているシュークリームの残りを見せる。
通常薄黄色のカスタードクリームが入っているはずだが、妙に赤い。

「ああ、食べちゃったの!?」
騒ぎを聞いて祈里がのぞみたちのほうに駆け寄る。
「これブッキーが作ったの!?」
「間違って唐辛子を入れちゃって……ごめんなさい」
どこをどう間違ったら、とりんは思うが、「とにかくお水ね」と美希が持ってきた
コップを受け取るとのぞみの口元に近づける。
「飲める、のぞみ?」
「うん……ありがと」
こくこくと水を飲み干し、のぞみはようやく落ち着いた。
「本当にごめんなさい」
もう一度祈里が謝り、ラブも「ごめん、私がちゃんと確かめなかったから」と謝る。
「ううんいいよいいよ! ……ちょっと辛かったけど」
「あんたも食べる前にちゃんと確かめなさいよ」
りんがのぞみの頭を軽く小突いた。
「ねえ、祈里さん」
これまで黙っていたこまちがシュークリームを大量に載せた皿を手に取った。
「これはもう、いらないものなのかしら?」
「え、ええ。……食べられませんけど、捨てるのも抵抗があって置いてあったんですけど……」
「中に入っている、普通のシュークリームと違うものは唐辛子だけなのね?」
「ええ、そうです」
この人はどうしてこんなことを聞くのだろうと不思議に思いながらも祈里は答える。
こまちはにっこり笑うと大騒ぎには入らずにじっと考え事をしているかれんの前に皿を置いた。

「かれん、ここで前哨戦をしてみたらどうかしら?」
「えっ? ……」
かれんは夢から覚めたような顔でこまちを見る。
「りんさんとの大食い対決、今、このシュークリームを使って試してみたらどうかしら?」
「ええっ!?」
りんは慌てて「そ、そんなシュークリーム大食いなんて!」と言うが、
「大食い大会では『たくさん食べること』と『なんでも食べること』が評価されるらしいわ」
とこまちは答える。
「いやでも、だからってこんな」
ラブ、祈里、美希は「やめておいたほうが……?」と恐る恐る言ったが、
かれんはシュークリームを一つ手に取る。

「まあ、夏木さんが逃げるなら私もあえて食べようとは思わないけど」
かちん、と何かがぶつかる音がしたようにラブたちには思えた。
「逃げる? 何言ってるんですか? 水無月さんが逃げるかと思ったんですけどね」
りんの目が本気の色に染まる。これはもう止めてもだめだ、とラブたちは直感した。

「だったら決まりね。のぞみさんはりんさんの食べたシュークリームを数えて。
 私はかれんの食べた数を数えるから」
「ふぁ〜い」
のぞみは気の抜けた返事をしながらソファの上に座りなおした。
ラブたち三人はこそこそと――何となく後ろめたかったので――その場から離れる。
テーブルに戻ると、ほのかと舞が苦笑しながら事態の成り行きを見守っていた。
「あ、あの。止めなくていいんですか?」
祈里がたずねるとほのかは「そんな大惨事にはならないと思うの……たぶん」と答える。

「本当に危ない時はこまちさんが止めると思うから……」
舞も付け加えるとラブたちは「う〜ん」とつぶやいたものの、結局かれんとりんのことは
そっとしておくことにした。もう両者とも一つ目を食べ終えたようだ。
涙目でシュークリームを食べている様はどこかシュールである。



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