前へ 次へ


りんは台所で六人分の湯飲み茶碗を用意する。客用が三つ、普段使っているものの中から
少し綺麗そうなものを三つ。
急須に熱湯を注いでしばらくしてから碗の中に注いでみると、いい色のお茶が
出てきた。お茶を入れた六つの茶碗をそのまま盆に載せ、落とさないように運ぶ。
「どうぞ」
三人の客の前に並べる。さすがに水無月かれんも軽く会釈した。
機嫌の良くなさそうな表情は相変わらずだったが。
「いい香り……」
舞は飲む前に目を閉じてお茶の香りを嗅いでいる。
「ハーブティーかしら」
かれんの言葉に「どくだみ茶です」とりんはそっけなく答える。
「どくだみ茶? 初めて飲むわ」
こまちにとっては珍しいものらしく、少し冷ましてからゆっくりと飲んでいる。
「うちの庭にあるのを取って乾燥させたのよね」
ほのかがりんに目を向けた。
「ええ、そうですね」
「りんさんが?」
こまちの質問に「ええ」とりんは答え、ほのかが更に続ける。
「どくだみ茶には色々な効能があるんですよ。高血圧、肩こり、便秘、むくみや冷え性に
 効くと一般的に言われていて。クエリシトリンを含むから血管の拡張、内臓の
 毛細血管の強化も促して……」
すらすらとほのかの口から出てきた薀蓄に舞が目を丸くしている。
ことり、とかれんが茶碗を置いた。
「どくだみ茶の成分はクエリシトリンだけではないわね。アゼリンやイソクエルシトリン、レイノウトリンなどの成分も含むわ。忘れてはいけないのが……」
「カリウム」
と、ほのかとかれんの声がユニゾンした。
他の四人、特にのぞみはぽかんと口を開けたままでほのかとかれんを見比べている。
ほのかとかれんは目を合わせ、かすかな笑みをかわした。
――この人、できる……
剣豪同士が出会ったときのように二人はそんな感想を互いに抱いていた。

「ちょっと、いいかしら? 見て欲しいものがあるの」
ほのかは立ち上がると部屋を出る。その後姿を見送り、りんはかれんの手元に目を向けた。
茶碗にはまだ半分以上お茶が残っている。
「お口に合いませんでしたか?」
丁寧なようでどこか乱暴な口調で尋ねると、「いいえ」とかれんは答える。
「お茶はゆっくり飲むのが本来だと思うわ」
すみませんね、とりんは思う。りんの茶碗にはもうほとんどお茶が残っていない。
「かれんは食べるのも飲むのもゆっくりだけど、量は沢山食べられるのよ」
「ちょっと、こまち……」
りんがこまちの言葉を聞いてぴくりと眉を動かした。
「あー、りんちゃんも食べる量すっごく多いですよ!」
「のぞみ、あんたも同じくらい食べるでしょうが!」
「へえ……」
こまちは興味深そうに呟くと、荷物の中から例のチラシを取り出した。
「だったら、りんさんものぞみさんもこの大会に参加してみない?」
「え? 大食い大会? ……」
こまちからチラシを受け取り、りんとのぞみは二人でそれを覗き込んだ。
「かれんも出場予定なのよ」
「私はまだ決めたわけじゃ……」
「ねえりんちゃん、出てみようよ〜」
りんはかれんを見た。かれんもまたりんを見る。二人の視線はぶつかりあった。
「いいですけど、水無月さんが逃げたりしたら困るから……」
「あら、逃げるなんて誰が言ったのかしら?」
「へえ、じゃあ勝負しようっていうんですか。大食いで」
「ええ、夏木さん。望むところよ」
「じゃあ、みんなで大食い大会に参加することけって〜い!」
のぞみが決める。りんはふと、ずっと喋っていない舞のことが気になってそちらに視線を
送る。舞は荷物から出したらしいスケッチブックに鉛筆で絵を書いていた。
すっかり集中しているようで四人の声も耳には入っていないようだ。

「ごめんなさい、遅くなって」
ほのかが部屋に戻ってくる。手にしているのはあの赤い宝石だ。
「誰かこれに心当たりはないかしら?」
ころんという音と共に宝石を置く。かれんは手に取りしげしげと眺めた。
こまちがかれんの手を覗き込む。
「これはどうしたの?」
「蔵の中でたまたま見つけたのよ。何の宝石か調べているのだけれど分からなくて」
「……月の魔物の石ってこんなかしら」
かれんとほのかの会話にこまちの呟きが混ざる。「月の魔物?」とかれんが問い返すと、
こまちはええと頷いた。

「伝説――神話と言った方がいいかしら。こんな形の赤い石が出てくる話があるの」
「良かったら聞かせてもらえないかしら。どんなお話なの?」
ほのかが身を乗り出した。考えてみれば、科学的な分析は試みているが伝説とか神話とか
そういったものからのアプローチはしていない。
「いいわよ。これは昔の話。――人がまだ比較的原始的な暮らしをしていた頃、
 この世界には七体の魔物がいたとされているの」

何となく怖い話になりそうだと察したりんが「あ、私ちょっと……」と席を外そうと
するが、「りんちゃん一緒に聞こうよ〜」とのぞみに手を掴まれ止められる。
「こまち、続けて」
かれんが促し、こまちは話を再開した。
「七体はそれぞれ、木の魔物、火の魔物、土の魔物に水の魔物、金の魔物。
 それにさっき話した月の魔物と風の魔物。彼らは人の世界に現れては破壊の限りを
 つくしてこの世界を不毛なものにしていたというわ。でも、月の魔物と風の魔物は
 人の姿に化けることができた。だから、人としてこの世界に棲みついていたの。
 
 二体は少女の姿をしていたそうよ。ちょうど私たちと同じくらいの年頃の。
 海の近くの村に住んでいたのだけれど、誰も気がつかなかった。
 どこから来たのかは誰も知らなかったし少し変わったところもあったけれど、
 村の人たちに受け入れられていたの。
 むしろ慕われていたといった方がいいかもしれないわね。特に、小さな子ども達からは。
 
 そうこうしている内に他の五体の魔物、――木、火、土、水、金の魔物が本格的に
 世界の破壊を始めたわ。そのままだったら世界は滅ぼされていたはず。
 でも、そこに伝説の戦士が立ち上がったの」
「伝説の戦士?」
のぞみが目をきらきらさせて尋ねた。もうすっかり話に夢中になっているようだ。
りんの顔はこれからの嫌な展開を予想しているかのように引きつっている。
だがその手はがっちりとのぞみに抑えられているので逃げ出せない。
「ええ、そうよ。伝説の戦士」
こまちはのぞみに向ってにっこり笑うと、その顔をりんに向ける。
獲物を見つけたかのようにその瞳は輝いていた。

――またこまちの悪い癖が……
かれんはそう思った。怖がりの人を相手に怖い話をするのはこまちの楽しみである。
決して趣味が良いとは思わないが、……話の続きを聞きたかったので止めないことにした。
普段怖い話をされた時に一番怖がっている舞は、今はスケッチをしているので
全く聞いていないようだ。

「伝説の戦士はさっき話した、月の魔物と風の魔物が棲んでいた村に生れたの。もしかしたら事態は逆で、彼女たちがいたから二体の魔物はその村に棲み付いたのかもしれないわ」
「伝説の戦士って女の子なの?」
ええそう、とこまちはほのかに答える。
「ちょうど月の魔物、風の魔物と同じくらいの年頃で……、もちろん、生れた時は
 伝説の戦士になるなんて思っていなかったし、月の魔物達が村を訪れた時も普通の
 女の子だったのよ。彼女たちの戦士としての力が目覚めたのは五体の魔物が
 本格的な攻撃を始めてから――そしてその頃、彼女たちは月と風の魔物たちと
 親友になっていた。少なくとも伝説の戦士のほうはそう思っていたのね。
 親友が魔物だなんてその時は考えもしないで」
りんはごくりと唾を飲み込んだ。嫌な予感が止まらない。

「五体の魔物がとうとう村にやって来た時、伝説の戦士は変身して戦いに出たの。
 村の人たちを避難させなければいけなかったのだけれど、それは信頼できそうな人に
 任せてね。『親友』に任せて。
 ――任された月の魔物と風の魔物は村の人たちを二つの集団に分けて、
 それぞれ村から逃げるのを先導したわ。戦いの場から十分距離を取って――
 伝説の戦士から距離を取ったといったほうがいいのかもしれないわ――二人は
 魔物としての本来の姿を現し、驚く村の人たちを頭からバリバリと……
 その時の村の人たちの姿はまるで」
「ぎゃ〜〜〜〜!」
りんの悲鳴でこまちの話は中断した。
「りんさん? どうしたの?」
こまちがきょとんとした表情を浮かべる。
「こ……怖すぎですって……」
りんはもうまともに座っていることができないようで、正座しているのぞみの膝の上に
顔を押し付けて突っ伏している。
「もう、しょうがないなありんちゃんは……」
「あなたの悲鳴の方が怖いじゃない」
かれんの憎まれ口にも反応しないところを見ると、りんはこまちの話をかなり
怖がってしまっているようだ。

「じゃあ怖いところを飛ばして続けてもらえるかしら?」
苦笑交じりにほのかが言うと、「そうね」とこまちも応じる。
「……まあ、そんなことがあって。伝説の戦士が五体の魔物を倒して村の人たちの
 ところに戻ってみると、そこには惨状と、人の姿に戻った二体の魔物がいたの。
 『何が起きたの?』と当然聞くわよね。そうしたら『私たちがしたことよ』といって
 二体の魔物は再び魔物の姿に戻ったの」
のぞみの膝の上でりんはもう両手を両耳に当ててしまっている。

「伝説の戦士は、最初は中々本当のことが飲み込めなかった。二人のことを
 親友だと信じていたんだから当然よね。でも、最終的には月の魔物、風の魔物と
 戦い五体の魔物と同じように倒したの。七体すべての魔物を地下に封印するに当たって、
 月の魔物、風の魔物は一番上に……一番地上に近いところに磔にする形で封印し、
 他の五体の魔物を封じるための重石としたそうよ。
 それは、裏切られた伝説の戦士の怒りの表れと言われているけれど。
 そして彼らが二度と出てくることのないよう、月の魔物、風の魔物が魔力の源と
 していた赤い石と青い石を魔物たちから離れた場所に封印したとされているの。
 それでその石の形が……」
「この石とそっくりということね」
こまちの話をほのかが引き取る。「ええ、そう」とこまちは頷いた。
「魔力……ね。あまり封印されている感じでもなかったけど……」
「伝説はあくまで言い伝えだから。どこまで本当かは分からないわ」
「そうね」
ほのかとこまちの会話を聞きながら、かれんは一人考え事をしていた。
地上に一番近いところに封印された存在。
――まさか……
まさか、とは思う。洞窟の中にいた薫という少女。磔でこそなかったが、
手や足に枷らしきものが嵌められ網状の光に抑えられていた姿はどこか封印ということを
思わせる。
いえ、とかれんは思い直した。「舞を頼む」と自分に告げたその姿はとても邪悪なるもの
とは思えない……だが、それ自体が巧妙に仕組まれた手口であるのかもしれない。
自分を信用させるための。
――いえ、そんなことはない……筈よ……

「りんちゃ〜ん、もうお話終ったよ」
のぞみが声をかけると、りんはむっくりと身を起こした。
「怖すぎですよこまちさん……」
わずかな時間だったというのにりんはすっかり憔悴して見えた。
「ふふふ」とこまちが笑う。その笑顔はまだまだ沢山の怖い話を知っているように見え、
りんの表情はまた引きつった。

「ほのかさん、私たちは日向咲さんと春日野うららさんを探しに街に出てみるつもり
 なんだけど、そこには大きい図書館もあると聞いたことがあるわ。
 そこで調べてみたら何かその石についても分かるかもしれないけど……」
「そうね」
ほのかはこまちの言葉に頷いた。
「ここにいても今以上のことは分かりそうにないし……そうしてみることにするわ」
ふう、と舞が顔を上げる。「終ったの?」とかれんが尋ねると、舞は「ええ」と答えて
「何枚も描けました」とスケッチブックをぱらぱらとめくって見せた。
「わ〜、舞ちゃんってすごく絵がうまいんだね!」
のぞみが歓声をあげる。
「え、いや、その、これって……」
りんが一枚を見て固まった。悲鳴をあげているりんの顔が紙一杯に描かれている。
「りんちゃん、こんな顔してたよ」
「そうね、舞さんはよく見てるわ」
のぞみとほのかの言葉にりんはどこか不満そうだ。
「あの、すみません思わず描いてしまって……」
「いや、いいんだけど……」
りんは頭をかいた。


前へ 次へ
コラボSS置き場へ戻る
indexへ戻る