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「……え? そんなこと、あるはずが……」
舞から一通りの話を聞き終えたかれんは信じられないという表情を浮かべる。
こまちはただ微笑んでいた。
――こんなこと、普通ないよね……
かれんの反応は当然だと舞は思った。自分だってこんな話を聞かされたら信じないだろう。
だがこの話は本当だ。
「その話だと、薫さんという人は今もそこにいるのよね?」
確認するようなこまちの言葉に舞は頷く。
「かれん、一緒に行ってみない?」
「え? でも……」
――舞さんが嘘なんてついたり作り話なんてすると思う?
かれんに向けたこまちの目はそう言っていた。そうね、とかれんは思う。
こまちならともかく、舞は作り話をして楽しむタイプの子ではない。
まして、今聞いた話は普段の舞にはあまり思いつきそうにもない話だった。
「舞さん、あとで私たちも連れて行ってくれる?」
「はい!」
黙っているかれんの態度を了承と認識したこまちが話を決める。そうだ、と舞は思いついて台所に戻った。
残っているごはんを握っておにぎりにする。お茶も水筒に入れた。彼女がこういったもの
を好むかどうかは良く分からなかったが。

舞がかれん、こまちを連れて再び洞窟の前に立ったのはそれから小一時間ほど
たってからのことである。
「こんなところに、こんな洞窟あったかしら……」
ぽっかりと開いた巨大な口を見てかれんが呟く。舞も、
「今日まで気がつかなかったんですけど……」と答える。
地面に生えた草の様子は、洞窟がつい最近開いたものであることを示しているように
思われた。舞を先頭に、三人は中へと入っていく。初めはゆっくりと、目が闇に慣れて
からは普通の速度で。黄色い薄ぼんやりとした光は舞が先ほど話したのと同じように
かれんとこまちの目にも映った。

――やっぱり、舞は本当の事を言ってたの……?
半信半疑だったかれんもこれは信じざるを得ない。洞窟の中にあんな光があるということ
がそもそも異常事態だ。

三人は洞窟の奥に辿りついた。足音を聞いたらしい薫が目を開ける。
「かれんさん、こまちさん……」
舞が紹介する前に薫が呟いた。薫も二人の姿に驚いたようだったが舞たち三人は
薫の言葉にもっと驚いた。
「かれんさんとこまちさんのこと、知ってるの?」
「前、会ったことがあるから」
かれんとこまちは薫の言葉に顔を見合わせる。二人とも彼女に会った覚えはなかった。
「わたし達はあなたと会った覚えはないわ」
「そう」
ため息とともに薫はかれんに答え、質問を返す。
「……舞とは、ずっと一緒に?」
「ええ、そうよ。舞とはどういう関係なの?」
――かれんさん……?
妙にきついかれんの口調が舞には気にかかった。
「友達よ」
「舞にその覚えはないそうだけど」
まあまあ、とこまちが割って入る。
「……夢原のぞみ……、」
薫の呟きにかれんもこまちも、え? と疑問の表情を浮かべる。
「夏木りん、春日野うらら」
「誰なの、その人たちは」
「心当たりはないかしら?」
「ないわ」
「……そう」
薫はかれんの言葉にまた一つため息をついた。
「その人たちが何だって言うの」
「……あなたたちが、かれんさんとこまちさんが彼女たちに会えれば分かるかもしれないわ。
いろいろなことが」
どうも要領を得ない。黙ったかれんと薫の間に舞がこっそりと割り込んだ。
「あの、……薫さん。これ、もし良かったら……」
つめて持ってきたお握りと水筒を差し出す。こまちはその間にかれんと共に洞窟の出口側へと少し移動した。
「……私に?」
「ええ」
「ありがとう」
薫は微かに笑みを浮かべる。
「でも、ごめんなさい。今は食べたり飲んだりできないから」
舞は「……ごめんなさい」と呟いて荷物を元に戻した。
かれんとこまちが少し離れているのを見て、「また……」とだけ言ってその場を離れた。

舞の姿が小さくなっていくのを見届けてから、薫は静かに目を閉じた。
予想外の事態が起きている。何が起きているのかは判然としないが、
好ましくない状態であることは確かだ。といって、今の薫に何ができるでもない。
薫はそのまま時を待つことにした。


舞が洞窟から出ると、かれんは複雑な表情で舞を待っていた。こまちは少し困ったような
表情である。舞が嘘をついていないことは分かった。あの少女が只者ではなさそうなことも分かった。しかしこんな異常事態にどう適応すればいいのか、
かれんにはまだ良く分からない。
「かれんさん……?」
「帰りましょう」
かれんはくるりと踵を返した。帰ってから夕食が終るまで三人の間であの話題が出ることはなかった。

舞がこまちの部屋を訪れたのは夜も更けてのことである。
風呂上りの舞は髪を下ろしているので一際幼く見える。
「あの……こまちさん」
ドアをノックし、返事が聞こえたのでするりと部屋に入る。小説を書いていたらしい
こまちは机から顔をあげ舞を振り返った。
「ちょっと……いいですか?」
「ええ」
こまちに促されて舞はぺたんと椅子に腰掛けた。しばらくの間俯いていたがやがて
意を決したように顔を上げる。
「あの、私、日向咲さんを探しに行こうと思って……」
「……心当たりはあるの?」
「ありません。でも……何とかしないと」
自分でも変なことを言っていると舞は思う。「薫」という少女が言っていたことが本当か
どうかも良く分からない。「色々なことが分かる」といったって、その具体的な内容は
何なのか……しかしそれでも舞は、薫の言うことを信じてしまっていた。
「そう……」
こまちの顔を見る舞の目の端にぽろりと一滴涙が浮かぶ。
「舞さん!?」
こまちは慌てて立ち上がると舞のことをきゅっと抱きしめた。
「どうしたの……?」
「なんだか悲しくて」
「悲しい?」
「きっと……」
舞がかすかにこまちから離れようとする動きを見せたのでこまちは舞から手を離し、
座りなおした。手で両目をこすってから舞は続ける。

「きっと、あの薫さんって人、すごく大切な人だった気がするんです」
途切れ途切れに舞は言葉を続けた。こまちは黙って舞の言葉を待っている。
「でも、考えても考えても何も分からなくて……そうしたら何だか悲しくなって。
 それに……私はかれんさんやこまちさんとずっとここにいるんだから薫さんと会った
 ことがあるはずがないんです。でも、何だかどうしても会ったことがあるような
 気がして……」
どう考えても、変なことを言っている。舞はどこか自信なさげに言葉を切った。
「舞さん……」
こまちは少し考えていたが、先ほどまで書いていた小説の束を持ってくる。
「ね、舞さん。いつもかれんと一緒に私の小説、読んでくれてるでしょう?」
「え? ええ……」
「私、いつも不思議に思っていることがあるの。二人はたくさん感想を言ってくれるけど
 ……二人とは別のタイプの感想を言ってくれる人たちがいたような気がする、って」
「それって……」
舞はこまちの笑顔を見上げた。
「日向咲さんのこと、探してみたらいいんじゃないかしら。咲さんや薫さんと、本当に
 何かあったのかもしれないわ。この辺りはこの家しかないから、人が集まりそうな
 大きな街に行ってみたらいいと思うの」
「ありがとうございます!」
舞の顔がぱっと晴れる。自分でも訳の分からないことを言っていたと思うのに、こまちが
そのまま受け止めてくれたことが嬉しい。
「何日かかけていかないといけないと思うから、ちゃんと準備をして出かけた方がいいわ」
「よく考えます」
舞はそう答え、もう一度「ありがとうございますこまちさん」と言って部屋を出た。
舞の姿が見えなくなった途端にこまちの表情が引き締まる。
舞に話したことは本当だ。こまちも、この生活に何か足りないものを感じている。

――夢原のぞみさん、夏木りんさん、春日野うららさん。
三人の名前に心当たりはない。だが、この三人が「足りないもの」なのかもしれない。

舞がこまちの部屋を訪れた頃、かれんは一人で洞窟を再び訪ねていた。
――私がちゃんとしないといけないんだから……。
こまちと舞。かれんは二人のことが好きだ。だが、かれんから見ると二人とも
浮世離れし過ぎているように思える。
それも含めて好きなのだけれど……しかし自分がしっかりして、
二人のことをちゃんと見ていないと危ない。かれんはそんな風に思っていた。
洞窟の入り口に近づく。舞を騙しているのかどうか、かれんは薫をもう一度問いただす
つもりだった。舞が一緒だとそれはやりにくい。

今夜は月がない。洞窟の中に入ったほうが却って明るく、歩きやすかった。
しばらく歩いて薫の元へとたどり着く。
「……かれんさん」
気配に気づいて薫が目を開いた。かれんの背後を見ようとするように目を左右に動かす。
「私一人よ。他には誰もいないわ」
「……そうですか」
「もう一度聞きたくて来たの。あなた、舞の友達だって言ってるけど、舞にはその覚えは
ないらしいわ」
わずかに薫は頷いた。
「分かっています」
「舞は純粋な子よ。からかっているんだったらやめてくれないかしら」
ふっと薫は目をそらした。
「……誰かをからかうなんて器用なことはできません」
「そうかしら」
「かれんさん」
薫の目がかれんの目を正面から捉えた。
「……舞のこと、よろしくお願いします」
「え?」
「舞が今、頼りにできるのはあなたとこまちさんだけみたいだから」
「……」
かれんはそれには答えずに洞窟を出た。

「入るわよ、こまち」
洞窟から戻ってきたかれんはすぐにこまちの部屋を尋ねる。「舞は? 部屋?」と聞くと、
「そうだと思うわ」という返事が返ってきた。中に入り、こまちと向かい合って座る。
「こまち、あの話どう思う?」
「どの話のこと?」
「あの洞窟のことよ」
「ああ、そういえば舞さんがさっき」
こまちは思い出したように話し始めた。
「日向咲さんのこと探しに出かけるって言ってたわ」
「え?」
「だから日向――」
「探しに行くってどこに!?」
詰め寄るかれんにこまちは「さあ?」とおっとり返す。
「さあって……」
「ここだと分からないから、人の多い街に行ってみたらどうかって薦めてみたわ」
「そう……って、何でそんなこと薦めるのよ!?」
「いけなかったかしら?」
「いけないもいけなくないも……」
呆れたようにかれんは脱力してため息をついた。
「本当かどうかも分からない話なのに。舞が騙されているかもしれないのに……」
「それでね、私たちもついていったらどうかと思うの」
「人の話聞いてるの!?」
こまちはまあまあとかれんをなだめる。
「たまには出かけてみるのもいいじゃない。
 ……それに、かれんも気になっているんでしょう? 夢原のぞみさん、夏木りんさん、
 春日野うららさんのこと」
「聞いたことのない名前よね」
「そうね。でもあの人は私たちの名前を知っていたわ」
「……ええ」
「舞さんとも話したんだけど……私も、何か足りないものがここにはあるような
 気がするの。その人たちに会ったらそれが分かるかもしれないと思って。それと」
こまちは薄い紙を引っ張り出してきてかれんに見せた。
「かれんには、是非これに出場して欲しいと思って」
黒々とした文字で書かれた「大食い大会」の言葉。
この近くで一番大きな街で行われるらしい。かれんは目を丸くした。
「私が、大食い大会?」
「そうよ。かれんのその才能は隠すものじゃないと思うの」
「……こまち」
はあとかれんはため息をついてうな垂れる。
「時々、あなたが分からなくなるわ……」
「そうかしら?」
こまちは笑って紙をしまい直した。

翌朝、朝食を終えると舞はすぐに洞窟に向った。昨夜のうちに荷物は作ってある。
かれんに事情を話して、すぐにでも出かけるつもりだ。
薫のことを明らかに信用していなさそうだったかれんには少し言い難いのだが。
「薫さん……」
舞の声とともに薫は目を開き、顔を上げて舞を見る。
「舞」
「私、今から日向咲さんを探しに行くわ」
「舞……」
薫はほっと安心した表情を浮かべた。舞は左手を伸ばし、その頬に軽く触れる。
「……ごめんなさい」
「え……?」
薫は何を言っているのかと聞きたげな表情を浮かべた。
「あなたのこと、分からなくて。あなたは私のことを知っているのに……」
「焦ることはないわ。いずれ分かるから……」
――ごめんなさい、舞。
薫も内心で舞に謝った。
――あなたの手、握り返せなくて……
舞はゆっくりと薫から手を離し、洞窟を出た。

洞窟を出ると朝日がまぶしく舞の目を射る。出てすぐのところに腕組みをしたかれんが
立っていたので舞は思わず立ち止まった。
「こまちから聞いたわ。日向咲さんを探しに行くんですって?」
「え、ええ……ごめんなさい。これからお話しようと思ってたんですけど……」
思わず謝ってしまう。
「私たちもついていくわ」
「え?」
舞はきょとんとした表情を浮かべる。
「舞を独りにするわけにはいかないもの」
「私たちも、この前言われた人たちのことが気になるのよ」
こまちが大きな鞄を手に持って現れた。
「だから、舞さん。三人で人探ししてみましょう」
「は……はい!」
正直意外だったが、舞は二人が一緒に来てくれることが嬉しかった。舞が一度荷物を取りに家に戻り、そのまま三人は出発した。


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